秘してあじわう

人というのは、はなはだ欲深くできている。
手に入らぬものは手に入れたく、
味わうなと言われれば
ことほどさように味わいたい。
ふぐがそうである。

かの豊臣秀吉の時代、ふぐにあたって
命を落とす武将が多く出た。
食すな、と禁止令が発せられた。
大衆は、表向きは従った。
されど「命は惜しいが、食いたい」のである。

江戸の加賀屋敷からは、ふぐの骨が見つかっている。
藩士の日記には「ふぐのすじを食う」と綴られていた。
明治に入り、初代内閣総理大臣・伊藤博文は、
約三百年つづいた禁止令を解く。
自らがふぐを食したいがためだったという。

往時隆盛を極めていた北前船は、
ふぐのぬか漬を積み荷とした。
日本各地の食通たちはこぞって求め、
ふぐは瞬く間に石川県の特産品となった。
先人たちが、秘してさえも、
命を賭しても味わいたかった、禁断のグルメ。
それを何事もなく愉しめる現代人はしあわせである。

コンセプト
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